弦楽器奏者としての持論がある。
「奏者と楽器は対で語られる」
エリック・クラプトンの「ブラッキー」、スティービー・レイ・ヴォーンの「No.1」、パガニーニの「カノン」…挙げれば際限ないが、弦楽器奏者と楽器との関係性は非常に特殊である。
長寿命な弦楽器
弦楽器奏者の楽器との関係が特殊である一つの要因として挙げられるのが楽器の寿命である。
ヴァイオリンの名器として有名な「ストラディバリウス」が製作されたのは17世紀後半から18世紀にかけてと言われている。
製作されてから実に300年が経過しているのだ。
普通であれば、製作から300年経過した工芸品は博物館送りになり、温度湿度が徹底管理されたガラスケースの向こう側に鎮座する運命にある。
しかし、ご存じの通り「ストラディバリウス」は今も世界中の名手が日々音を奏で続けているのだ。
ヴァイオリンの寿命は実のところはっきりとしない。
一説では1000年使うことができるといわれているが、ヴァイオリンが楽器として歴史に現れて300~400年ほどしか経過していないため記録を更新し続けているところだ。
オーケストラの演奏の様子を見てみると、弦楽器奏者のほとんどはストラディバリウスほどの名器とはいかなくても、オールドの楽器を使用している。
反対に、管楽器奏者や、ソリストとして参加するピアニストはこぞって新作の楽器を演奏している。
現在使われている楽器の形が確立したのがヴァイオリンよりも後だったということもあるが、寿命が短いというのも理由の一つだ。管楽器は10年、ピアノであっても100年が寿命と言われている。
弦楽器の「魂」
長寿命な弦楽器はその性質上、様々な奏者のもとを渡り歩くこととなる。
時には師から弟子へ、元の持ち主の親友へ、はたまた楽器店を長くさまよい全くの他人へと…
長い間に様々な奏者の手を渡り歩いた楽器はまさしく「魂」としか言い表すことのできない摩訶不思議な魅力を持つ。
ストラディバリウスがいい音なのは気のせい?
「ストラディバリウスと新作の楽器を目隠しした状態で弾いても違いが分からない。」
これまでストラディバリウスを科学的見地から分析しようと様々な実験が重ねられてきた。
中でも有名なのが、「目隠しストラディバリウスあて」とでもいうべき実験だ。
判定するのが奏者の場合もあれば、客席にいる有識者のこともあった。
しかし、これまで統計学的にはっきりとその違いを聞き分けることのできたものは誰一人いなかった。
この結果から、「ストラディバリウスがいい音を奏でるというのは迷信だ」と科学者は結論付けたが、ストラディバリウスの市場価値は微動だにせず、むしろ高騰を続けている。
なぜそのようなことが起きたのか?
理由は明白なのだ。
「いい楽器」とは?
特に、オールドの楽器に顕著だが、楽器は単なる道具ではない。
奏者が崇め奉るべき存在なのだ。
素晴らしいオールドの楽器はその楽器自体が「音楽」を持っている。
鳴りにくい音があったり、バランスが取れているかと言われれば微妙だ。
だが、ふとした瞬間に楽器からあふれ出てくる音楽を感じてしまったら、その楽器の虜になってしまう。
長い間対話を繰り返して、
「やっとこの楽器の音を最大限まで引き出せた」
と思っても、さらに新しい一面を見せてくれる。
上達して、さらに調子がいいときに弾けば今までに出なかった音が出るのは至極当然だが、いつまでたっても限界を感じさせないのは奏者にとってもありがたい。
「いい楽器」とは、手にした瞬間に最高の音を奏でることのできる楽器ではない。
楽器自体からあふれ出る音楽に魅せられ、誠心誠意音を引き出しても音楽の尽きない楽器こそ「いい楽器」なのだ。
自身を高みに押し上げてくれる楽器であることを知っているから、ヴァイオリニストたちはこぞってストラディバリウスを求めるのだろう。
これまで繰り返されてきた数々の実験は、根本的に間違っていた。
短期的な目線ではなく長期的な目線でヴァイオリニストはストラディバリウスを選択していたのだ。
まとめ
- 弦楽器の寿命はほかの楽器とは比較にならないほど長い
- 素晴らしいオールドの楽器はその楽器自体が音楽を持っている
- 真の「いい楽器」とは奏者を成長させてくれる師のような存在で、長期的な付き合いを前提とする
数百年にわたって様々な奏者に愛された弦楽器は神秘的な輝きを放つ。
その楽器はもはや個人の所有物ではなく、人類の遺産なのだ。
今、あなたが手にしている弦楽器(ヴァイオリンにしろ、ギターにしろ、ベースにしろ…)もあなたがこの世を去った後もこの世に残り続けて音楽を奏で続けているかもしれない。
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