練習に用いている場所にElectro-Voice社のELX115を導入した。
木製のエンクロージャーに15インチウーファーが搭載された、小規模のライブを余裕でこなす様なスピーカーで日本の一般家庭で使用するのは無理があるのではと感じるほどのパワーを誇る。
練習に使うのはもちろん、普段の音楽鑑賞にも用いてみると面白いことに気がついた。
爆音でELX115を鳴らすと、音楽は「聴く」ものではなく「体験する」ものになった。
爆音の体験
Van Halen
初めての爆音体験は親戚の家のオーディオでVan Halenの音楽を聴いた時だ。
最初は普段と変わらない音量で聴いていたのだが、親戚が「もっと音量を上げてもいい」と言い、これまでに経験したことのないほどの音量でVah Halenを再生した。
爆音で聴いたVan Halenは全くの別物であった。
体を包み込むエドワード・ヴァン・ヘイレンの最高のブラウンサウンド。
大型トラックのエンジン音のように地を張って迫ってくるマイケル・アンソニーのベース。
より深く彼らの音楽を理解できた気がした。
後に、デイヴィッド・リー・ロスがVan Halenに復帰して来日した公演を見に行く機会に恵まれ、初めてのハードロックのライブをVan Halenのライブで体験することが出来た。
ライブ終了後、しばらく耳に違和感が残るほどの大音響は当時中学生だった僕にとって一つの大きな「事件」であった。
酒とハードロック
Van Halenのライブから時は流れ、コントラバスを手にし、クラシックの世界に踏み込んでからも爆音の体験は続いた。
20歳を超え、酒を飲めるようになってすぐに、ジャックダニエルをストレートであおりながらヘッドフォンで音楽を聴いた。
体の感覚がぼやけまるで夢の中で音楽を聴いている様だった。
60年代、The Whoやジミ・ヘンドリックスを中心としてロックコンサートの大音量化が進められた。
大音響で音楽を聴くことでドラッグによる陶酔感に近い感覚を目指していたのではないかとの意見も存在するようだ。
ジミ・ヘンドリックスの「Electric Ladyland」は、音が自由自在に飛び回り幻想的な世界を作り出しているし、ウッドストックフェスティバルではドラッグが会場に蔓延していたりと、ドラッグが当時の音楽に大きな影響を与えていた。
ライブで大音響によりドラッギー非日常的感覚を生み出そうとしていたとしても何ら不思議なことではない。
サマーソニックのレッチリ
ロックコンサートで一番音が良かったライブは2019年のサマーソニックだった。
前日の台風の影響でメインステージのほとんどのミュージシャンの演奏がキャンセルされ、開始が遅れに遅れ、ヘッドライナーの「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」の演奏が始まった。
チャド・スミスの銃声のように鋭いスネアとパワフルなバスドラム。
フリーのバキバキのベースサウンド…
人々がわざわざライブ会場に出向く理由はさまざまにあるだろうが、この上ない音の良さというのもあるのではないだろうか?
もちろん、場所やエンジニアの力量によって音質は様々であるが、2019年のサマーソニックの音は素晴らしかった。
しばらくは最高の音だと感じて導入したTannoyの同軸モニター、Gold7の音でさえ、みすぼらしく思えてしまった。
ELX115の体験
さて、現在はチェコで音楽を学んでいるのだが、生活する場所とは別に、練習のための小さな部屋を借りることができた。
建物全てが音楽家のための建物の様な場所で、日本の練習スタジオの様な防音設備はないにもかかわらずバンドのリハーサルすら可能である。
日本では決して鳴らすことのできなかった音量でELX115から音を鳴らすことができる。
しばらくそんな環境で音楽を聴いていると、音楽を体験していることに気がついた。
体で感じる低音
音楽を聴く手段として、「ヘッドフォン派」と「スピーカー派」がいる。
日本では住宅事情もありヘッドフォンで音楽を聴く人が多いのではないだろうか?
防音設備を必要とせず、ヘッドフォンはスピーカーに比べて安価に音楽を楽しめるという利点がある。
また、細かい音の動きを聞こうと思うとヘッドフォンの方が有利であったりもする。
ヘッドフォンで音楽を聴くというのは現代的で理にかなった方法だと思う。
一方、スピーカーから音を出すという聴き方はロマンあふれる聴き方なのではないかというのが個人的な意見だ。
バカでかいウーファーから発せられる低音は耳だけでなく、体全体に訴えかける。
バスドラムの音が体に響き、足の裏からは床の振動が伝わってくる。
聴くのではなく感じる低音はライブ環境を思い起こさせる。
D’angeloの音楽をELX115で聴くと、よりはっきりと彼らの生み出すリズムを体で感じ取ることができ、新鮮な体験だった。
確かな音像
導入した当時、JOJOにハマっていたこともあり、よくYESの「Roundabout」を聴いていた。
ELX115で再生すると、ただでさえ存在感のあるクリス・スクワイヤのベースがさらに存在感を放つ。
プロフェッショナル・オーディオと呼ばれるいわゆる業務用の音響機器は正確に音を再生することを目指して設計されている。
ミュージシャンが目指した音をの再現のための機械である。
そのような特性もあり、爆音で鳴らせば、複雑なYESの音楽を隅から隅まで再現することが可能になる。
クリス・スクワイヤの音を手で掴めそうなほどはっきりっとした音像だった。
まとめ
ライブに赴くと、その音の大きさに驚かれるかたも多いだろう。
会場が広いから大きい音という訳ではない。
あれだけ大きな音を出さなければ音楽の細部が伝わらないのだと思う。
爆音で音楽を鳴らすというのは、音楽を「聴く」事ではなく、体全体で「体験する」という事だ。
多くの人はスマホの小さなスピーカーから音楽を「聞く」だけなのかもしれない。
至る所に散りばめられたミュージシャンたちの創意工夫を、ほとんどの人は気にも留めないのかもしれない。
しかし、僕は曲が終わった後に微かに響くリバーブに感動し、ジャコの刻む16分音符のゴーストノートに興奮する。
細部にこそ魂が籠る。
音楽家を目指す僕はコントラバスの細かい音程を突き詰めるし、繊細なオールドの楽器と日々格闘する。
先達のミュージシャンたちの細かすぎて伝わらない工夫に耳を傾けるのは当然の礼儀だ。
きっとこれからも僕は時代に逆行してバカでかいスピーカーで音楽を体験し続けるだろう。
コメント